世界最高峰!

中国側からの眺め!

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シガツェを出て1泊目

 

4000Mでも猫は元気!
僕も高山病で気分はハイ!


 サからネパールに抜けようとするとテングリ(旧シェーカル)とラオティン(旧テングリ)を通ることになる。ラオティンからはわずかだがチョモランマを見ることができる。先っちょだけのほんのちょっとだけ。もし時間があるならテングリから少し行ったところの橋を左に曲がってチョモランマ・ベースキャンプを目指したい。ネパール行きのツアーに組み込まれている場合も多い。その場合現地滞在30分か1時間だ。

 
し、あなたにもっと時間があったらゆっくり歩いていくことを勧めます。というのは、トレッキングで行くと宿はどうしても民家に止まることになり、これがチベットを感じるのにとてもいいからだ。

 
1日目公路から左に入って数時間歩くとすぐ村がある。次の村まではまる1日かかるので普通ここで泊まる。村が近くなると大麦畑が多くなり、遠くでは男達が数人で働いている。
 村の入り口までくると子供たちが大勢まちかまえていて「家に来て泊まれ11」と僕の手を引く。その女の子が「私が荷物を持ってあげる」と、私のザックに手をかけるが30キロあるザックを10歳そこそこの女の子にかつがせるわけにはいかない。というより持てるはずがない。
 チベット人はやさしいから、よく「荷物を持ってやる」なんていわれる。たいていは僕の荷物が重すぎて持てないのだ。

 まぁ、持てないとわかっていても持ってやるって言っちゃうんだろうな。
 「重いからいい」といくら言ってもきかないので、デイバックに小物をいれてその子に渡してベルトを調整して担がせた。ベルトを調整してカチッと締めるのがうれしいのかニコニコして、そしてどうどうと歩きはき始めた。そしてその子の家に連れて行かれた。お婆ちゃんと15、6歳の娘がいてバター茶を飲めと言う。何杯も何杯も勧められて、いいかげん断ると今度は酒だ。これもいやと言うほど飲まされる。酒は3杯ワンセットになっていて4杯でやめることはできなくて6杯飲まなければならない。これがチベット流。僕を連れてきた女の子はまだデイパックを背負っていて、お姉さんに自分の格好を自慢していた。

 
んぶりにチャン(酒)をなみなみ注がれた。中指をチャンにちょっとつけて、チベタンのまねをして空と地面に向かって2回はじいた。

 
のうち女の子のお母さんが帰ってきた。これからチョモランマに行くことや明日通る峠のことなど話をきいた。
 「ところであなたは何処からきたのか」と聞くので、
 「僕は外国人だ」と言うと、彼女は嬉しそうに
 「わかった!!おまえはアメリカ人だろう」と言った。
 僕はどっから見ても、もろ日本人なのに。

 
ベタンが一番好きな国はアメリカだ。だから外国と言うと、それはアメリカのことなのだ。

 
さい女の子の名はタシという。チベットではよくある名前だ。家族からはタッチュンと呼ばれていた。僕がタッチュンと呼ぶと大人の女性のような口調で「タシって呼んで!」と言うからおかしい。この子がずっと僕にお茶を注いだりチャンを注いだりしてくれた。そして、お茶を飲む間ずーっとこっちを見ているのだ。興味津々だ。

 屋の中でこうして、にらめっこしているのもなんなので外に出ることにした。青海省であった日本人が別の民家にいるの出会いに行った。明日は5000Mの峠を越えることになるので3人で1台馬車を借りることにした。これで荷物を気にしなくてすむ。どの村で馬車を借りることができる。

 
の村からガイドブックでは3泊4日かかるとでているようだが、ロバや馬を借りて行けばガイド付きということになる、かなり道をショートカットしていくので2泊ほどでつける。
 多くの人がそうであるように僕がトレッキングしたのも夏だ。チベットでは雨季にあたる。
 
朝、どしゃ降り。すぐ止むと言うので、そのまま出発。






旅の始まり・・・
空に向かって歩く!

ずーっとのぼりだ。雨は凄まじいが晴れたあとの空もすばらしい。手が届きそうなほどの低い雲は1時間ほどで遠くに行ってしまった。
 昼過ぎに峠に着いた。荷物を持って上っていたらと思うとゾッとする。薄曇りで山は霞んでいた。少し下ると水場があった。岩場が続く、道幅は広い。峠を下って最初の村で今日はおしまい。

 
の村には宿屋があった。食事もある。小川が流れ、大麦畑が広がっていて気持ちのいい村だ。
 峠越えで馬が足を痛めてしまった。村に着くと馬はすぐにへたり込んでしまって動こうとしない。飼い主が明日は行けそうにないと言うので新しい馬で行くことになった。
 
こからはほとんど平らな道になる。途中、1台のトラックが僕たちを追い越していった。ロンブク寺に物資を運ぶトラックだ。3日に一度くらいの割で出ている。荷台にはチベタンと白人のバックパッカーが数人乗っていた。料金は馬を借りるのと変わらない。楽に早く行きたければ、こっちのほうがお得だ。チョモランマから流れる川がものすごい音をたてて流れていた。川の向こうは平原が広がっている。川までは100Mくらいの断崖になっている。

「あそこに人がいるんじゃないか?」というので、見ると、そこにひとつの点が見える。
誰もいない平原にひとり・・・崖に腰をおろして休んでいる。まるでコマーシャルを見ているようだった。向こうのルートはラオティンから入る1日30キロ歩かなければならない厳しいコースだ。





九十九折の道をぬけると
突然チョモランマが現れる!
ここがロンブク。


 さな滝を抜けるとすぐに視界が開け、大きくチョモランマが現れた。てっぺんは雲に隠れていた。
 
判の悪いお寺に泊まり湧き水を汲みに行った。そのままでも飲めるおいしい水だ。この水でお茶を入れて啜る。やっと落ち着いた。ここからベースキャンプまで10キロある。

 
宿にはトラックで来た白人の女性がいた。一気に登ってきたので高山病にかかっているようだ。頭痛がひどいらしくて泣いている。こればっかりはどうしようもない。
 
方になってひとりの白人がやって来た。寺では休まないでそのままベースキャンプに向かった。ドイツ人だ。シガツェで会った事がある。やはりゲルマン人はタフだ。彼は次の日寺に戻り予約していたランドクルーザーに乗って帰っていった。この辺はヨーロッパ人のスマートなところだ。

 ースキャンプまで10キロと言っても往復20キロだから1日仕事だ。僕が行ったときには登山の準備をしている人がいて人がいた。いまは荷物を運んでいるところだそうだ。トイレもあるが汚い。人が集まるところはこんなに汚くなってしまうのか。

 
季のこの時期頂上まで見えるのは晴れた日でもほんの一瞬だ。気長に待つのがいい。食料はほとんど手に入らないので自分で持っていったほうがいい。高度が高くて米がよく炊けないのでおかゆにして食べよう。水が硬水なので、お茶は中国茶かアールグレイがいい。ここで呼んだアールグレイが今までで一番美味しかった。

 
り道、パン・ラ峠に夕方着いた。ヒマラヤが夕焼けに燃えていた。積乱雲が目の前でどんどんできている。いつまでもいつまでも、その風景を眺めていた。

 

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